◆ほんとうの「生き方」を求めて③――――20170811-172

●映画「降りてゆく生き方」―

 これまで日本人は、「物質的に豊かになれば幸福になる」「多くもつ者が幸福である」という、カネやモノをより多く得ることを欲求の対象として生きてきた。

 これは、「足していく」ことに価値を見出す、「足し算の生き方」といえよう。 しかし、物質的な豊かさの追求によって幸福を得るのが難しいのが明らかな現代社会においては、多く持ちすぎることによって、何が大切かわからなくなっているといえよう。

 即ち、何を得るかではなく、「何を手放すか、捨てるか」ということこそが、いまは大事なのである。 つまり、いらないもの、無駄なものをどんどんと「引いていき」、本当に大事なものを見すえるという「引き算の生き方」こそが、何が大切か分からなくなっている現代の日本人にとって大事なのである。
豊かさを目指して国民一体となって「昇っていく」時代においては、たくさん得ることがしあわせのように思えた。 しかし、いま我々は、経済成長がピークを迎え、下り坂の時代を生きているのだ。

 もう昇っていこうにも、昇るところはない。

 私たちが夢見ていた世界は、本当に夢であり、幻想に過ぎなかったのだ

 私たち日本人にとっては、右肩上がりに駆け上っていく時代は終わった。もう経済成長は望むことはできないのだ。 この現実をしっかりととらえて、自然や環境に即応していくという新しい「生き方」「考え方」をもたねばらなないという事実をしっかり認識することが大切なのだ。

 人間文明終焉の危機、すなわち人間圏が消滅の危機に瀕しているのは、石油や石炭といった地球システムに重大な影響を与える資源に依存する「ストック依存型」の生き方をするようになったからである。

 従って、私たちが人間圏消滅の危機から脱するには、私たちの「生き方」を、地球システムが自然につくりだす物質やエネルギーの循環に依存する「フロー依存型」の生き方にしていく必要がある。
これは、「人間圏」をもういちど「生物圏」に近づける生き方ともいえる。すなわち、人間を「特別の存在」と考えるのではなく、「自然の一部」であり、他の生物と対等である「対称性」ある存在として、「天地自然の理」に則って生活する道を選ぶのである。

 それをまさに実現していたのが、我々の祖先である「縄文人」なのである

 縄文人は、天地自然の理に基づいて、宇宙や自然や生物との一体感の中、自然の恵みに感謝し、祈り、腕力や能力の差異はあれど、相互に尊重しあい、助け合いの協力関係の中で生きていた。その生活は、生命感にあふれたものだったであろう。 彼らのそのような生き方こそがまさに縄文土器に象徴されているのである。 縄文人は、地球システムがつくりだす物質やエネルギーの循環に依拠し、狩猟採集し、栽培や養殖をして、つつましく生きていたのである。

 しかも、縄文人は、一万年の長きにわたり、戦争を行わなかった。一体となって平和に暮らしていたのである。 縄文人は家族団らんを始めた人たちでもあった。家族愛に満ちていたのである。幼く死んだわが子を足型として残し肌身離さずもちあるいた。 アイヌに近い母系社会であった。まさに愛に満ちた生き方である。その後悲しいかなほとんど滅ぼされてしまったが・・。

 「縄文人など、しょせん文明的でない野蛮人だよ」 と思う無知な人もいるかも知れない。

 しかし、彼らを現代人より劣っているといえるか?現代人のどこが縄文人に勝っているのか?と言いたくなる。

 縄文人たちの生き方こそが、希望を喪失して苦しむ我々現代人に対して、立ち戻るべき人間圏の原点を示唆しているのであろう。

 縄文人たちは、動物と人間を同列の存在と考えていた。 つまり、自分たちは、「生物圏」に属するものであるという認識が明確であったのである。 だから、熊も、サケも、山羊も、兄弟だったのである。

 それは、「地球システム」という観点からすると、極めて正しい認識だったといってよい。
地球システムとの関係では、動物たちも人間も、その存在価値において差異はなかったのであるから。

 縄文人とつながりがある、アイヌや沖縄の人々、先住民などの神話の世界からは、現代人は大いに学ぶところがある。それらに、現代人が立ち戻るべき生き方があるからである。

 また、縄文人たちは、生きることと死ぬことを一体のものとして捉えていた。 自分たちの生きているこの世界は、この宇宙は、一体どういうものなのか。自分はどこから来て、死んでどこに行くのか。 そういうことを自然と一体の生活の中から、神話として紡ぎだし、コスモロジー(世界観)として有していた。

 自分が死んだ後の行く末も、世界観の中に織り込んで生きていた縄文時代の人々は、たとえ生きて行く上で生命の危険が多かったとしても、現代人ほどは不安でなかったのではないだろうか。
現代人も、生きることばかりでなく、死ぬということの意味も、縄文人に倣って考える必要性があるのではあるまいか。

 死ぬということ、死んだ後のことまでイメージしてこそ、生きるということの意味もわかってくるのではないだろうか? 縄文人は森の中で暮らしていた。森のもたらす豊かな恵みの中で生きていたのである。

 そして、豊かな森は、人間や生物が生きていく上で不可欠な水を涵養する力がある
縄文人などかつての人間は、森には神の力が宿っていると畏敬の念を抱いていた。 それによって、森は開発から免れ、生命を育む力を持ち続けたのである。だから日本人は、長らく森を大切にしていたのである。

 神社の「鎮守の森」も、そういう縄文人以来の知恵を具現化したものといえよう。

 日本人は後に狩猟採集から農耕生活へと移行する。しかし、畑作牧畜ではなく、農耕漁撈へと移っていく。農耕漁撈は、畑作牧畜と比して、自然に負担をかけない、地球システムに影響が少ない生活である。
一方で、欧米的な、畑作牧畜は、森を破壊する文明である。

 縄文以来の名残を残し、森を守り、自然との一体感のある農耕漁撈生活こそ、日本人が立ち戻るべき生き方なのである。

 日本人の天地自然の理に則った自然と一体化した農耕の典型例が、「棚田」である。 棚田は、自然と人間の知恵が融合した美しい情景である。 棚田は、森の豊かで滋養あふれた水を使って、美味くていのちにあふれた米をつくりだす。 日本の豊かな自然と森と水は、稲の力を引き出し、肥料や農薬など使わずとも、美味しい米をつくりだしたのである。

 ところが、戦後、コメを効率よく大量につくろうと考え、化学肥料と農薬が使われるようになった。

 それは愚かにも、人間の健康にはもちろん、土壌にも深刻な影響を与え、害虫が出やすい環境をつくってしまったのである。

 本来、コメや野菜は、肥料など使わずとも十分に生育するものであり、天地自然の理に則った育て方こそが、もっともその力を引き出し、しかも美味しくなるのである。 それも既に実証されている。

 そういう、本来の栽培方法に戻るべき時期にあるのではないだろうか。また、戦後、日本の森は、経済目的で植えられた杉やヒノキの人工林ばかりになってしまった。しかも 外国産輸入材に市場を席巻されて高く売れなくなり山林が手入れされず放置される荒れ放題の山も増えているそうだ。

 その結果、森が次第に荒れて、涵養力は落ち、このままでは水源が枯渇する危険性があるのである。 従って、人工林を間伐するとともに、落葉広葉樹を植林して森の涵養力・保水力をアップさせるよう、奥山を再生することが急務なのである。このように、奥山や、棚田をはじめとする里山を、再生していく必要が、私たち現代の日本人の急務なのである。(今、山々を歩いてみてそれを痛感している。 )

 森をつくることは、人間と自然の一体性を体感させ、取り戻させてくれる。学校教育においても、地域づくりにおいても、森をつくることは非常に役に立つ。 森をつくることが、すべての問題の出発点であるといってもいいのである。

 そして、「生きて行く喜び」を「生き物として」「肉体で」感じるような生き方をすることが大切である。そのために、「自然」や「動物」や「人間」と一体化するための「祭り」というものの意義をもう一度縄文人や先住民たちに学び、そのスピリットを再現した現代の「祭り」を創り上げるべきである。自他が一体となる「場」を創造することが大切なのである。

 自他が一体となるにあたって大事なことは何か。 それは、「新しい出会い」と「対話」である

 自分が感じたことを素直に語ることが、他者の情動を引き起こし、新しいイメージを生み出す。 そのイメージが、さらに他者のイメージを引き出す。 そうやってつながり大きくなったイメージは、自然と、自他の境をなくし、一体感を醸し出す。

 つまり、それぞれが、自分を語り、耳を傾け、他者の語りの中に自分とのつながりを自然と感じていく「」をつくっていくことが大事なのである。そうすることで、人々はつながり、新しい「コミュニティ」が生まれる。

人々がいきいきとしている豊かな場は、まるで、たくさんの微生物たちがお互いにつながり関わりあって発酵し、エネルギーと新しい酒を生み出している酒蔵のようである。 そこは実に生命力にあふれ、楽しさと喜びに満ちている場なのだ。

 発酵しているいきいきとした人々の場においては、第一の関心事はこれまでのように「お金」ではなく、「生命の躍動感」になっていくことだろう。 いのちがよろこび、心がわくわくするようなこと。そういうことで、つながりあうコミュニティ。 そんな新しいコミュニティをつくっていくことにこそ、私たちの未来への希望というものが見出せるように思うのである。

 これまで日本では、東京に全てが一極集中し、地方・ローカルは、その分配や受け皿となってきたのが実情であった。 東京で行われ、流行したことが、全国の地方に広がっていくという構図だったのである。
それは、「欲望」と「お金」が流通する構図だったといってもよい。

 しかし、この東京を中心とする全国一律主義は、人間を「マーケット」「数字」「お金」に置き換えてしまうものであり、人と人とのつながりというものは重視されず、むしろ断たれてきたといえよう。これからの出発点は、「お金」ではなく、「人間」「自然」そして「いのち」でなくてはならない。 それこそが、我々現代人が縄文人に学ぶべき最大のものであろう。( ★常に歴史から学ぼう!!!★ )

 これからの時代、深刻な世界恐慌となり、景気の回復も見込めないであろう。 だからといって、落ち込む必要があるだろうか。 しかし、マネーという共同幻想から離脱し、人間として自立した生き方を歩み始めれば、怖いものなどない。

 ★お金を「目的」ではなく、「手段」としてわが手に取り戻せばいいだけなのだ。

 ★人間とその欲望がつくりだしてきた「マネー万能」の共同幻想と、マネーが極大化したグローバリズムの正体を見極めて、そこから脱し、私たちが生きてゆく上で本当に大事なものが何かに気付き、そして、昇ってゆく時代の終焉を迎えた現代日本人が、下っていく時代のための新しい生き方を発見してゆくのだ。

 そういう物語を描き出すために、制作者たちは映画「降りてゆく生き方」をつくりました。 この映画を見終わった後に、あなたの中で希望の灯がともったとしたら、私たちにとってそれ以上のしあわせはありません。

 ●Youtubeにも沢山のインタビューや関連動画がありますので検索しご覧下さいませ。



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※静かなブームの映画―

 大好きな楽しませてくれる「映画」は何もワンパターンのハリウッド映画ばかりではありません。現代人の根源的な疑問や不安を問うべく産み出された映画もありますが、最近感動した作品をご紹介いたします。それは『降りてゆく生き方』というお勧め映画です。新潟県村上市の田園風景のロケーションが美しいです。 (エグゼクティブ・プロデューサー清水義晴 :武田鉄矢主演・・地域の人々)

関連動画インタビュー#1:  https://youtu.be/_s1I1tkzHoI

 「右肩上がりが豊かさ」の信仰(洗脳=呪縛)から価値観を見直し、人の「ものの見方」により観え方が変わります。「排除の論理」を捨てる事により人間本来の生き方・確かなモノが 観えるはずなのです。皆様には拡散して欲しい優れた映画の一つです。

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本薬師寺のホテイアオイ 夏
本薬師寺のホテイアオイ
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●イマジン: ジョン・レノンはイルミナティに反旗を翻した為暗殺された世界的音楽家です。癒されて下さい。^^
 
 https://youtu.be/M0d_P-QMdNQ

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藤原宮跡蓮園

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藤原宮跡公園

本日もご訪問ご拝読頂き誠に有り難うございます。これからもどうぞ宜しくお願い申し上げます。

玉置神社(奈良県十津川村)
玉置神社境内

★藤原宮跡蓮園は満開時期に来ています。8月中旬までは楽しめそうです。^^午前中に開花しています。

★本薬師寺のホテイアオイの花が咲いています。彼岸花も咲く頃の9月末頃まで見頃が続きそうです。
  
本薬師寺のホテイアオイ(8月)

★7月25日(火)は、加太海岸まで行きましたが、残念ながら曇天で赤い夕陽を観られませんでした。近くの自然公園の四国山(241m)へ初めて散策登山しました。見晴らしは抜群でしたョ。^^

★7月28日(金)は、白屋岳(1177m)方面へ下見に参りました。が、登山口山道が不明で周辺散策と川上村観光課の方が丁寧に地元情報を教えて貰いました。川上村の新しい山岳地図(500円)を入手出来ました。

★8月1日(火 )は、夕方から二上山登山&(山の上から観る)PL花火観賞会は五人で行きました。鹿谷寺跡コースの岩場からよく観えました。日中は仕事でした。

★8月4日(金)は、川上村の白屋岳(1177m)方面へ下見に参りました。展望良好でした。^^くんさん有り難う。

★8月5日(土)は、久しぶりにひめさんと外鎌山(トカマヤマ:293m:桜井市)へ登りましたが、炎天下自転車で行ったので外鎌山麓に着くと汗びっしょりでした。ちょっと登山はエラかったです。今夕の夕陽を期待してましたが雷雨により観られませんでした。ひめさんお疲れ様でした。ではまたネ~。(病気は早く治しましょうネ~!!^^)

★8月8日(火)は、午前中、桃尾の滝&大親寺及び鳥見山(トミヤマ:245m)へ参りました。雨上がりの故に滝の水量が多く大変迫力がありました。ミストが凄く涼しく感じました。大親寺の苔生す境内も美しかったです。久しぶりの鳥見山は静かな風景で霧が出て幻想的でした。

★8月7日(月)皆様、台風の影響は大丈夫だったでしょうか?!被害が無ければ幸いです。(小生は今は小康状態ですが防風雨で仕事が出来ませんでした。下流老人はPC三昧です。 )天候不順で明日と金曜日は登山が出来そうにありません。約束してる方にはゴメンなさい・・。またの機会によろしくです。^^;明日は晴れて欲しいものです。
★8月11日(金)は、祭日故車は借れず、自転車にて仕事集中日!! 県営申し込み失敗し再申し込み申請となった。民間格安物件探索に(桜井市内西部へ)

8月27日(日)は「玉置山登山&最古の玉置神社参詣」へ参ります。樹齢三千年の神代杉を初めて観ますが 今からワクワクしています。皆様お誘い合わせの上ご参加下さいませネ~。^^
玉置神社
"玉置神社" (現在参加者12名)


★9月3日(日)の油日岳~縦走登山へどうぞご参加下さいませネ~。予約はお早めに~。^^
 気遣って頂き、いなりさんが車出しのご協力頂きました。(感謝!!^^)

★9月10日(日)は、四寸岩山登山 <初級>  (標高:1235・9m )です。初心者でも登りやすい山です。
●集合時刻場所:①8:20-近鉄桜井駅前南  ②8:40-近鉄大和八木駅前南   ③10:00-金峯神社下駐車場
2017-07-07 001 002

二上山雌岳


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●みんな健康が一番!!

● 父母 にプレゼント&祖父母にも喜ばれるものは何~・・?! ?^^

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